月刊 プロフェッショナルDTP 1997年 12月号 あの人の仕事場

書体デザインという仕事

もともと、通信教育で学んだ「レタリング」がやりたくて、印刷会社に入社し、版下制作やデザインの仕事をしていました。

しかし、レタリングはデザインの一部でしかないし、そのデザインもデザインだけでは成立しませんよね。例えば…ブックカバーのデザインがいくら評判が良くても、中身の文章がダメだったらその本は評価されないわけで…。うまく言えないけど心の中がモヤモヤしてたんですね。
そんな時、写植のタイポス書体と出会い、書体デザインの道へ進もうと決めました。

写植の文字盤やDTPで使用するフォントは、ガラスの板やフロッピーディスクに価値があるのでなく、そこに収められている書体のデザインが商品です。
“書体デザイン”そのものが評価されるわけで、「売れる」「売れない」といったことまでが自分の責任になります。グラフィック関係で、自分が考え創ったデザイン作品そのものが商品として販売できる仕事は、あまりありませんよね。はっきりした結果が出るのが、書体デザインという仕事の魅力の1つです。

「書体デザイン」と言っても、その仕事は簡単ではありません。
1つの書体を作り上げるのに、「ひらがな」「カタカナ」「英字」そして「JIS第1・第2水準漢字」など、約7,000字を1文字ずつデザインして創ります。

デザインのアイデアが頭に浮かんで、書体がすべて完成するまで最低でも3年ぐらいは必要でしょう。
私の場合まったくの「フリー」なので、誰かと約束をした“締め切り”があるわけではありません。当然、途中で止めてしまうこともできますし、何年、何十年と時間を掛けても、誰からも文句はこないわけです。

しかし、それでは仕事として成り立たなくなるので、「来月までに“カナ文字”を終わらせる」といった具合に、自分の中できっちり計画を立てて仕事を進めています。
それが、その通りに進んだ試しはありませんが…。

私自身は、いつも自分の意志で書体を創りたいと思っています。何事にも誰にも拘束されない、自由なスタンスで仕事をするのが基本です。「オリジナリティ」のある書体を創れば、あとで必ず結果がついてくると信じていますから。

そして書体が完成したら、フォント・メーカーと交渉し契約しますが、データを相手に渡したら後は知らない、というのでは寂しい気がしますので、書体の財産権なども自分で管理し、販売数などもチェックしています。何年もかけて苦労して作り上げた書体を、最後まで自分の目で見届けたいと思うのは当然のことだと思います。

「アニト」誕生秘話

Macintoshだけを使って、創った書体が「アニト」です。この書体には紙に描いた文字のデッサンとかは存在しません。
知人の成澤正信氏と一緒に制作を始め、1ウエイトの完成までに約3年を費やしています。
ちょうど私が、Macintoshを使い始めた'89年ごろは、日本語PostScript書体は販売されていない状態でした。「じゃあ、自分たちで日本語PostScript書体を創ろう」というのが最初の発想です。

「Illustrator1.1」を使用し「ストローク」で文字を描き、適当な太さをつけ「先端をを丸く」というコマンドを施すと、細い丸ゴシック体の「アニト」が誕生しました。
もともと、「丸ゴシック体」は「角ゴシック体」より描くのが面倒です。“画線の端”などのラウンド処理には大変な神経を使います。
しかし、Macintoshでやれば、Illustratorの機能を使ってラウンド部分を簡単に処理することができます。「先端をを丸く」する機能がなければ、「丸ゴシック体を作ろう」なんて思わなかったでしょう。

ただ、当時の「Fontographer」(フォントグラファー)とIllustratorには“アウトライン化”という機能が付いておらず、仕方なくIllustratorのストロークデータのまま作業を進めていました。
その後、この2つのソフトのアップグレードによって、この書体が完成したという感じです。

Macintoshについて

最初に購入したMacintoshは、FDドライブが2基ついた「Macintosh SE」です。アニト書体も最初はこのマシンで作ってました。アップグレードを重ねて、作業以外のマシンとしてつい最近まで使っていましたが…。
次に「Macintosh IIcx」、その後、自宅で使用していた「Macintosh LC475」を、CPUのアップグレードやコプロやメモリの増設をしながらメイン・マシンとしてこの春まで使っていたのですが、最近やっと「Power Macintosh 7600/180」を導入しました。

悲しいことに自宅でも仕事をしますので、データの移動に時代物のSyquestのリムーバブルHDなどもまだ使っています、MOも使いますけどね。
私の場合、動かしているデータがあまり重くないので、そんなにハードウェアのスペックに頼ることはありません。それよりも、ソフトのバージョン・アップのほうが重要だったりするわけです。

ただ、プリンタには“ある程度のもの”がないとツライですね。
書体制作の場合、その“微妙な太さ・黒み”や“文字のツブレ”などを常に確認しながら作業を進めなければなりません。「それが商品として出せるかどうか」という基準にもなるので、この出力テストは大事な作業です。
そのためにも、解像度が最低600dpiはあるPSのレーザー・プリンタが必要です。

「デザイン」の中の文字

最近若い世代のデザイナーたちが、欧文とカタカナをセットにしたフォントを発売したりしていますが、これは良い動きだと思っています。
これまでは、DTPというと「組版ソフトの使いこなし」にばかり目が向けられており、紙面デザインまではなかなか至っていませんでした。

それが最近では、ドキュメントのなかの書体デザインにも気を配る余裕が出てきたようで、最初からMacintoshを使っていた世代が、自分で使いたい書体を描く、ということが往々(おうおう)にしてあるようです。
これが、デザイナーの理想的な姿だと感じています。
もっともっと、デザイナーは書体を色々と使いこなして欲しい、というのが私の本音です。
自分が創りあげた書体が、いろいろなデザインの中で活きているのを見たい気がしますね。

 


ホットDTP 1997年 Vol.5 インタビュー

タイプフェイス作りの達人

DTPにとって欠くことのできない要素・タイプフェイス。しかし、その制作過程が私たちの目にふれることはほとんどない。日本語書体セットで使われる文字の数は約7000字。それを一文字一文字描いていくなどという仕事は、さながら写経や禅僧の修行を思わせる。今回は、そんなタイプフェイス・デザイナーの仕事場をのぞいてみた。

きっかけは「タイポス」

タイプフェイス・デザインの仕事に興味を持ったのは「タイポス」の登場('69年、写研から発売)がきっかけです。それまで明朝体とゴシック体だけしかなかった日本の活字書体の中で初めて「タイプフェイスの創作性」を意識させられた書体ですし、それが活字や写植のメーカーではなく、デザイン集団の手で生み出されたということに衝撃を受けました。

僕はそれまでにもレタリングやロゴタイプの仕事をしていたんですが、ロゴタイプというのは結局クライアントだけにしか使われないものです。それに対して写植の書体は自分の知らない人たちまでが使ってくれる。そんなところに魅力を感じました。

ちょうどその頃、写研のタイプフェイスコンテスト(石井賞創作タイプフェイス・コンテスト 第1回石井賞はナール)も始まって製品化への窓口もできた。それでタイプフェイス・デザインの仕事をやってみようと思ったんです。

'70年代の終わりに「ラボゴ」('85年に写研から発売)の制作で初めて漢字書体を描いてみて、「これは何とたいへんな仕事か」と痛感しましたね。この頃は手書きで作業していたんですが、それでも一日に20字くらいのペースで描いていけたんです。

ところが1ヵ月、2ヵ月と経つうちに自分がその書体を描くことに習熟してきて、2年後にすべてを描き終えたときには、初期に描いた文字の欠点がいくつも見えてくるわけです。それから修正作業にかかるわけですが、修正過程でもさらにうまくなっていくからキリがない。結局、完成までには4〜5年を費やしました。

'88年にマックを導入してからは「イラストレーター」と「フォントグラファー」を使って作業しています。もちろんシミュレーションや修正の点でのメリットは計り知れませんが、書体を創るという仕事全体の手間は変わりませんね。

書体にとって大切なもの

僕は、タイポグラフィの世界で昔から言われてきた「本文組のための書体は、空気のようにその存在を感じさせないものがよい」という言葉には、やや疑問を感じるんです。例えば本好きの人なら「A社の本の文字よりB社のほうが好き」というものがあるでしょう。やはり形や個性といった魅力的な何かを備えた書体であることは大切だと思います。空気にも水にも味や香りがあるようにね。

僕の作る書体はデザイン性の高い書体なので見出し用に使われるケースが多いんですが、ユーザーに「本文用にも使ってみたい」と言ってもらえれば、こんなにうれしいことはないですね。

最近のDTP組版について

よく「DTPの組版は汚い」とか「デジタルフォントはカッコ悪い」という声も耳にしますけど、DTP普及の過渡期である現在の特徴は、コンピュータは得意だけれども、「美しい組版」を意識したことのない人たちが現場で仕事をしているということだと思います。でも、その人たちが仕事をした文字組が汚いというのであれば、その責任はむしろその仕事をそのまま読者の目にふれさせてしまうクライアントや編集者にあるんじゃないでしょうか。

つまりデザイナー、あるいは編集者とオペレーターのコミュニケーション不足ですよね。写植の世界でもオペレーターは最初「写植機を操作するノウハウを持った人」だったわけです。それがデザイナーや編集者とのせめぎ合いの中で組版現場の側にも「あの人の言う黒マルはどの書体の何番でなければいけない」とか「あの人の詰め組みはこの程度」といった微妙なニュアンスの理解が生まれ、その結果美しい組版ができあがっていた。その関係が、写植からDTPに移行する過程で、断ち切れてしまったことに問題があるんじゃないでしょうか。

僕たちタイプフェイス・デザイナーは、当然、組まれたときの状況も想定しながら文字を作っています。ただ、どんなに美しい書体も、組版が良くなければ汚く見えてしまう。そのことを理解せずに、ただやみくもに「デジタル書体はカッコ悪い」という意見は、タイプフェイス・デザイナーとしては納得できませんね。使い方の問題ですよ。

ユーザーとの幸福な関係

僕の場合、フォントメーカーの依頼を受けてデザインすることはなく、通常は自分で企画、制作して、完成後に商品化してくれる相手を探すという手順で仕事をしています。ですから、いまどんな香りや雰囲気を持った書体が求められているかということには、つねに関心を持っていますね。

たとえば居酒屋のメニューなんか見てても、いまは筆文字一辺倒ですけど、もっとその場にしっくりなじむ書体がないだろうか、とか……。やはり僕にとっては、オリジナリティの高い書体を作って、その個性やデザインの魅力に共感してお客さんがお金を払ってくれる、というのがユーザーとのいちばん望ましい関係だと思います。

最近はテレビ番組やCFなどで自分の作品に出会うことも多いんですが、やはり本や雑誌など、紙に定着された形で自分の仕事を見るのがいちばんうれしいですね。

取材・梅澤 聡

 


APIA 1997年4月号 デジタル化への道

デジタル化は好き嫌いの問題じゃない

東京の両国を拠点に、ラボゴやキャピー、わんぱく、墨東など、多くの写植書体を世に出してきた佐藤豊氏は、いまでこそマッキントッシュを中心にしたデジタル環境のもとでタイプフェイスデザインを進めているが、10年ほど前までは主要なデザインツールとしてペンや筆やカラス口といった筆記具、各種定規などを使っていた。

その佐藤氏をデジタルの方向に誘ったのは87年夏に開かれたマッキントッシュの講習会だった。
「当時、そろそろパソコンを使わないと……という気分があったけれども、パソコンはCADで製図するものという感じで、自由曲線を描こうにも直線の連続か円弧しか使えなかったんです。文字には塗りつぶしの作業があるし、第一、絵を描くのにプログラムを組むなんていうのはイヤだなと思っていました。そんな中でマックは期待できそうだったから、友人と二人で講習会に参加したんです」

白紙状態の入門者にとって、その講習内容はいささかむずかしかったらしい。操作に行き詰まるとコンセントを抜いたりリスタートしたり、二人とも「みごとに落ちこぼれた」という。しかし、グラフィックソフト「アドビ・イラストレーター」のベジェ曲線には可能性を感じたそうである。

苦労と表裏一体の面白さ

こうして翌88年春に初めて購入したのがマッキントッシュSEという機種。モニタ一体型で、そのモニタも白黒9インチという小さなものだった。
それに加えてアドビ・イラストレーターにはまだ日本語版がなく、マニュアルも英語だった。そんなこともあって、マウスでベジェ曲線をコントロールしながら画面上に思うような線を描くのには、相当の苦労があったという。

ただ、その苦労の原因は、必ずしも〈パソコンだからむずかしい、デジタルだからむずかしい〉ということではない。
デザインツールとしていろいろな製図道具、筆記具を使いこなす技能を身につけている佐藤氏も、14歳のころ通信教育でレタリングの勉強を始めたときは「筆はむずかしいんで、最初はペンでやっていた」という。つまり、マウス操作やベジェ曲線のコントロールにも筆の扱いと同じ修練が必要だったということなのだろう。その意味ではアナログもデジタルも同質なのである。

「とにかくマックは分からないことばかりで面白かった。それで、長いこと勉強なんて言葉は忘れていたけど、久しぶりに夜遅くまで勉強しました」
このあたり、前のページに登場した本多信男氏がいう「遊び心」と通じるものがある。

デジタル化を進める意味

さて、勉強の甲斐あってマックが操れるようになったころから、佐藤氏はこれを実際の仕事に使うようになった。
「最初は文字というより連続罫とかパターンづくりに使っていたんです。しばらくの間、出力はそのつど秋葉原のショップに行って出してもらっていました。出力サイズはA4で解像度300dpiだったんですが、それでも感激しましたね」
やがて、描く対象は罫やパターンからメインの文字に移った。
「ベジェ曲線がうまく使えなくて、出力したものをホワイトで直すようなこともありました。まだデジタルデータの受け渡しが普及していない版下納品の時代だったから、そんなことも通用したんです」

ところが、そうして作り上げたフォントの原図をメーカーに渡すと、デジタイズの過程でオリジナルの線が崩れてしまう。そんなことがあったため、いまでは書体のアウトライン化まで自身で行い、完全なデジタルデータとして提供しているということである。
昨年のモリサワ賞で和文部門の金賞に選ばれた「あさがを」も、製品化を期してデジタルデータにしてあるという。

「デジタルですごくいいなと思ったのは、描いた線の位置を自由に直せること。試行錯誤がいくらでもできるから完成度も高められるんです。それから、いまデジタルじゃなかったら書体を製品化できる可能性は少ないということ。たとえ8千字の書体を持っていたとしても、それが手描きだったらあとのデジタイズ作業がたいへんだから、まず製品化は無理。もはやデジタル化は好き嫌いの問題じゃないと思うんです」

デジタル化のポイント

「マウスでよくマトモな線が描けるねといわれるんですが、ベジェ曲線で描く線はマウスを動かした軌跡そのものじゃない。カーブの方向や度合いを目で確認しながら線をコントロールするものなんです。筆記具で線を引くときも、たぶん目が手をコントロールしている。その意味ではどんな道具を使っても同じだと思います。ただ、図形ひとつにしても、たとえば五角形の構造が分かっていない人には星形はうまく描けません」

マウスやベジェ曲線の操作は練習すれば上達する。しかしそれを生かせるかどうかは、線の良し悪しを見る目や基本的な作図知識といった〈アナログ〉的な素養にかかっているということなのだ。

文・佐藤 章

 


MAC POWER 1993年12月号

表情豊かな書体を創る2人のタイプデザイナー

Illustrator の登場が Mac 導入のきっかけ

佐藤豊、成澤正信の両氏が出会ったのは、今から10年ほど前。ともに文字デザイナーの団体「日本タイポグラフィー協会」の会員であったのが機縁である。

その2人が初めて Mac に触れたのは約6年前、デザイナーのための Mac 雑誌「MdN」の発行人・猪股裕一氏が、一部のデザイナー向けに Mac の講習会を行ったときだ。
他のデザイナーは、それなりに Mac を操作していた。
「僕ら2人は落第生でした。うまくいかないとマシンの電源を切っちゃたりして。結構ハチャメチャなことをしました」という成澤の言葉に、佐藤は笑いながらうなずく。

「あの頃はマウスの操作感といい、実際に文字を書く仕事には使えない、というのが素直な感想でした」

その1年後に佐藤が SE を、続いて成澤が Plus を手に入れたのは、Illustrator Ver.1.1 の発売がきっかけだった。以前から、コンピュータで、きれいに合理的に文字デザインができないかと考えていた。そこに、点と線を結んで曲線を作る「ベジェ曲線」という新しい世界が登場した。
「ベジェで書くと、パソコンでも緊張感のある線が描ける」という2人は、その Illustrator の機能を使いたいために、Mac を購入した。当時、PostScript (以下、PS)プリンタとマシン、アプリケーションの3つが揃っていたのは、Mac しかなかった。

ロゴタイプとタイプフェイスの違い

成澤はロゴデザイン、佐藤はタイプフェイスデザインを手掛ける。
ロゴデザインは企業名やブランド名、商品名など、決定された文字構成の中で目的のイメージをデザインする。
タイプフェイスデザインは、文字列になったときのイメージを想定して、個々の文字をデザインする。これがロゴデザインとタイプフェイスデザインの違いだ。

「ロゴタイプでは、文字全体のポジションが大切だ」と成澤は語る。たとえば、「キリン一番搾り」という文字構成の中で、“番”の字は、“一”と“搾”の間にあるからこのデザインなのであって、前後の文字が変われば“番”の文字デザインも変わる。したがって、横組みでデザインされたものは縦組みには使用できない。

これに対して、タイプフェイスは、1つ1つ別々に文字をデザインし、横組みや縦組みを始め、どんな文字構成でも使えなければならない。

成澤はもともと、デザイン事務所のレタリング部門でデザインをしていた。写真やグラフィックデザインと違い「文字ならなんとか自分にもできると思った」と照れくさそうに笑う。書籍の広告などを10年以上も手掛けてきたが、ナールやゴナといったさまざまな書体の登場が、レタリングの仕事を減らしていった。レタリング従事者は、タイプフェイス、ロゴタイプ、デザイン一般の仕事に分かれていった。

タイプフェイスのデザインは、少なくとも1年以上かかる大仕事だ。日本語書体では、漢字第一水準と第二水準にひらがなとカタカナ、記号などを合わせると、膨大な量のデザインをこなさなければならない。「あきっぽい性格なので、1〜2ヵ月で新しい仕事に切り替わるロゴタイプデザインを仕事に選んだ」と成澤は語る。

Mac に直接文字を書くこともある

ロゴタイプの場合、まずペンや鉛筆で下書きを描く。Mac を使用する前は約100枚の下書きを用意したが、今は半分の50枚ですむ。その中から目的のイメージに近いものを数枚選び、スキャナで Mac に取り込む。文字のアウトラインをIllustrator でトレースして修正する。ストローク機能でに肉付けをする場合もある。

タイプフェイスの場合は、その後フォント作成ソフト FontGrapher にデータを移し、最終的にアウトラインとビットマップフォントを作成する。

Mac の画面上に直接文字を描くという、大胆な手法を採ることもある。普通は、枠に対する大きさや太さを数値で決めることが多いが、両氏の場合は、長年文字に携わってきたノウハウを活かして勘で決める。文字のバランスは気分によって形が変わることがあるので、何度もプリントアウトして修正を繰り返す。考えただけでも気が遠くなりそうだ。それでも手書きの頃に比べると、作業時間は格段に縮小された。

以前手書きで髪の毛ぐらいの太さの線を描くときには、かなりの集中力と緊張を強いられた。しかし、Macを導入したことで、楽な姿勢で仕事ができるようになった。
「いくらでもやり直しがきくし、漢字の場合はへんやつくりなどを使い回しできるのが便利」と2人はいう。デジタルデータとして保存でき、切り貼りしてレタッチすれば別書体を作ることもできる。

佐藤は、HyperCard で文字のデータベースを作り、 PowerBook 145B で持ち歩く。それに、新しい書体をつくるためのヒントを詰め込んでいる。

5年の歳月をかけた共作「アニト書体」

来年のMACWORLD Expo で、2人が共同デザインした書体「アニト書体」のPS 版が発表される。5年前にPlus で作業を始め、最終的には Quadra で仕上げたという大作である。
手で書いた原字をMac 上でトレースして仕上げる書体デザイナーが一般的だが、2人の制作プロセスは異なっていた。何も無いまっさらな状態から、文字の骨組み、そしてアウトラインデータまでをMac 上で作ってしまったのだ。

「アニト書体」PS版は来春、CD-ROMで日本情報科学(株)から発売される予定。「日本情報科学から発売される書体は、将来的にはすべてCD-ROMに収められる予定。今後、 CD-ROMで発売される書体は、無償かそれに近い価格で配付されるだろう」と佐藤は語る。ユーザーは、使いたい書体分だけのインストール代金を支払えばいい。

いずれは、人がさまざまな洋服を着て個性を主張するように、自分を表現するための道具として書体を選べるようになればいい、と2人は語る。「そのためには、まだPSフォントは高い!」と口を揃える。
「少人数、低コストで制作して、安価に提供したい」、多くの人に手軽にPSフォントを使って欲しいというのが、2人の意図するところである。
「アニト書体でお金が入ったら、温泉旅行にでも行こうかと思ってるんですよ」と明るく笑う2人は、よく一緒に旅をする。インタビュー後も、「さあ、飲みにいこう!」と肩を並べて新宿の街へと消えて行った。

(文中敬称略)編集部・根本知佳子

 


B・TOOL 1990年9月号

ひとつのアイディアから書体は生まれる

佐藤豊さんは、日本では数少ないタイプフェイスデザイナーの一人だ。和文書体と欧文書体の、両方のデザインに取組み、コンテストなどにも積極的にチャレンジしているという。とくに日本人には、欧文書体のデザインは難しいといわれているが、佐藤さんが制作したペーパー・クリップという書体は、アメリカのビジュアルグラフィックス社から 1982 年に発売されており、海外でも好評を博しているという。

「友達が結婚するときに、2人のイニシャルをデザインしたTシャツを作ったんです。TとKという文字をクリップに見立てて、2つがはまっているようにデザインしたんですよ。そうしたら、これは面白いっていうことになって……。ほかの文字も作って、欧米各国の、日本でいうとモリサワとか写研のような会社に送ったのがきっかけです」

こういうファンシー書体は、個性的で目につきやすい反面、印象が強いだけに用途は制限される。たとえばトヨタが広告に使ったとしたら、日産は使わないだろう。これでは書体制作者としては寂しい。

「だから、次はもっとオーソドックスで、ベーシックなのを作りたいと思ったわけです。それで、5年ぐらいかけて完成したのが、1987年度のモリサワ国際タイプフェイスコンテスト欧文部門で2位をとったロータス・ミディアムなんです。これは、最初にaとか、2やsのカーブのイメージが浮かんで、それから全体を作ったんです。まず、頭の中にあるイメージを紙に書き出してみることから、書体のデザインは始まりますね」

ロータス・ミディアムは、大文字だけを見ると、AEFなど26文字のうち15文字が直線だけで構成されている。ただ、直線には、なかなか個性の違いは出てこない。やはり、BCDなど曲線が含まれた文字の、ちょっとしたカーブがデザインのポイントになっているのだ。

ちなみに、国際タイプフェイスコンテストでの結果は2位だったが、あとで審査員のフルティガー氏がこの書体を強く1位に推薦してくれていたと聞き、感激したという。フルティガー氏は、現在も高い評価を受けているユニバースという書体をデザインした人。佐藤さんが、最も現代的な字を書くデザイナーだ、と尊敬する人なのだそうだ。そんなフルティガー氏から賛辞を贈られただけに、とても嬉しかったようだ。

欧文書体の場合も和文書体と同じように、文字がいくつか集まって単語になったときに美しく見えないと意味がない。だから、デザインした文字で単語や文章を作ってみると、自分ではオーソドックスに作ったつもりでも、斬新すぎたりする部分に気がつくという。
そうやって、何度も何度も、細部を変える作業を重ねていく。佐藤さんの場合も、最初にデザインしたものと、モリサワのコンテストに出したものとでは、ずいぶん違った書体になっているという。

「日本人が欧文をデザインするのは、確かにハンデがあります。僕は、英語なんてほとんどわからないし、知らなくてはいけない、いろんなルールもある。でも、和文にしろ欧文にしろ、最終的には自分の目が頼り。美しい形へのこだわりというか……。よく、外国人が能などを見て、すばらしいって感動するという話も聞きますよね。たぶん言葉や文化の違いを超えて、完成された美しさというところで、心を打たれるんだと思います」

欧文のほうが難しく、和文は簡単ということはない、と佐藤さんは強調する。本気でやればどちらも大変なことに変わりはないということだ。ただし、欧文のほうが、複雑な文字が少ないぶんだけ、いろんなデザインが可能だということはいえそうだ。

デザインするための道具はペンと定規からコンピュータへ

ロータス・ミディアムを最初にデザインしたときは、机に向かってペンで書いていた佐藤さんだが、現在は、アップル社のマッキントッシュというコンピュータを使っているという。曲線も自由自在に描けるので、手で描いているのと同じ感覚で作業できるのがいいそうだ。

ただ、佐藤さんがコンピュータを使ってデザインするには、もう一つ理由がある。コンピュータで作った1文字ずつのデザインデータをそのままデジタル書体に加工し、将来はそれをフロッピーに入れて販売したいと考えているのだ。そうなれば、現在では高額な写植機を持った特殊な人しか使えない写植書体が、誰でも手軽にパソコンで使えるようになる。

「これからは、コンピュータで使用するという前提を抜きにしては、書体のデザインが考えられない時代になりつつあります。ファクシミリで文章を送った時、きれいに読めるということも必要な条件かもしれない」
コンピュータから、ファクシミリなどにも直接、文章を送ることができる時代になりつつあるのだ。

●トップページへ